ダーウィンの進化論を説明する言葉としてよく耳にする「適者生存」。弱い者が排除され、強い者が生き残ることを意味するこの言葉は、誤解を招きやすく危険な表現だと著者はいいます。進化論の本質は、生物が発展や進歩という一定方向だけでなくあらゆる方向に変化する結果、新しい性質が作り出され多様性が進む点にあり、ダーウィンは「自然選択」の語を用いました。
しかし、のちの進化学者たちは、適者生存の理論をもとに「優生学」という名の怪物を生み出します。一流の学者によって権威づけられた優生学は、多くの科学者や政治家に影響を与え、障害者に対する強制不妊政策、さらには反ユダヤ主義と結びついたホロコーストの悲劇を招きました。
本書の終盤では、ゲノム編集技術をヒトに応用することが倫理的にどこまで許されるかについて論じられます。著者が指摘するように、重篤な遺伝子疾患を防止する目的を超え、歯止めを欠いた遺伝的強化を目的とする技術が利用される未来が訪れるならば、それは優生学という悪魔が蘇ったディストピア社会なのかもしれません。