ジョゼ・サラマーゴ『白の闇』

新型コロナウイルス感染症が広がり始めたころ、ボッカチオ『デカメロン』、カミュ『ペスト』と並ぶパンデミック小説として紹介されていました。かつてヨーロッパで実際に流行したペストが描かれた前二者と異なり、目の前が突然白くなるという、現実的には起こり得ない失明感染症を題材とした小説です。

強い感染力をもつ失明症が急激に広がり、感染者は精神病棟に強制隔離される。目が見えないので食事や排泄すらままならない。やがて食料の分配をめぐって隔離者同士の激しい暴力に発展する。読み進めるうちに、もし同じような事態が現実に起きたらと、想像するだけで背筋が凍り付く思いでした。架空の感染症についての物語でありながら、絶望的な状況に置かれた人々が理性を失っていく様、一方で、希望を捨てず人間的な尊厳を保ちながらお互いを助け合おうとする様に、圧倒的なリアリティーを感じました。

作者は「もし、われわれが全員失明したらどうなる?」という問いに「だけど、われわれは、実際みんな盲目じゃないか!」とひらめき、それを物語にしたそうです。作者の思いは、物語の最後、唯一失明を免れながらも失明者と行動をともにした主人公が語る言葉によって表されます。

「わたしたちは目が見えなくなったんじゃない。わたしたちは目が見えないのよ。目が見える、目の見えない人びと。でも、見ていない。」