堀川惠子『暁の宇品-陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』

人類初の原子爆弾はなぜ広島に投下されたのか。本書の取材は、このシンプルな疑問を突き詰めることから出発したと書かれています。

広島市宇品地区には、通称「暁部隊」と呼ばれる陸軍船舶司令部がありました。海に囲まれた島国日本は、食料や資源の輸送を船に頼らざるを得なくなります。日清戦争から太平洋戦争に至るまで近代の日本の戦争は、「海の戦争」と言っても過言ではありません。その中心にあったのが、船舶司令部であり、本書では、「船舶の神」と言われた田尻昌次中将の自叙伝に焦点が当てられます。

田尻中将は、中国戦線での上陸作戦に手腕を発揮しますが、太平洋戦争の開戦に至る前、参謀本部に対し船舶力の不備を指摘する意見具申をしたことをきっかけに罷免され、以後、船舶による兵站、海上輸送力を軽視した日本軍は、自滅の道を進みます。

終盤、原爆が投下された直後の広島の様子が描かれますが、陸軍船舶司令部は、司令官独自の判断で、宇品から船を使って被災した市民の救護に駆けつけました。司令官の迅速な行動の裏には、22年前の関東大震災での震災復旧の経験が生きていたということです。