カトリーン・マルサル『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』

経済学の父アダム・スミスは、主著『国富論』の中で「我々が食事を手に入れられるのは、肉屋や酒屋やパン屋の善意のおかげではなく、彼らが自分の利益を考えるからである」と論じました。自由市場こそが効率的な経済の鍵であり、人々の利己心があればこそ、ステーキが食卓に上がる。これが、現代の経済学の基礎をなす理論となりました。

「本当にそうだろうか。ちなみにそのステーキ、誰が焼いたんですか?」スウェーデン出身のジャーナリストである著者は、疑問を投げかけます。アダム・スミスは生涯独身で、母や従姉妹に身の回りの世話をしてもらっていました。経済学者の研究はその生活を支えてきたケア労働なしには成り立たないはずなのに、現代の経済理論ではそれらの労働は生産活動にはあたらないとみなされるのです。

いま世界中で深刻化している経済格差、環境、高齢化社会における介護労働不足の問題などは、利己心から利益を追求する「経済人(ホモ・エコノミクス)」神話によっては解決されません。現政権は「新しい資本主義」を掲げていますが、これまで「経済人」が無視してきたケア労働の価値に目が向けられているのか、注視していく必要がありそうです。