岡潔『春宵十話』

森田真生『数学する身体』という本を読み、著者が心酔する数学者として挙げていた岡潔の随筆集を手にとってみました。「私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだと問う人に対しては、スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、スミレのあずかり知らないことだと答えて来た。」冒頭から既に面白い。数学よりも文学、哲学、教育などの話が大きな比重を占める読みやすいエッセイでした。

ドストエフスキー、夏目漱石、芥川龍之介などの作品を好むという著者は、繰り返し「情緒」という言葉を用い、日本の文化を培ってきたのは自然に根差した情緒であることを強調します。急速に西欧化が進む中、日本の伝統と叡智が失われることに警鐘を鳴らす姿は、どことなく漱石を彷彿とさせます。

印象に残ったのが、宗教と理性の違いについて述べた部分。「宗教と理性とは世界が異なっている。簡単にいうと、人の悲しみがわかるというところに留まって活動しておれば理性の世界だが、人が悲しんでいるから自分も悲しいという道をどんどん先に進むと宗教の世界に入ってしまう。」